今月の提唱

『正法眼藏』「光明」の巻(6)

雲門山大慈雲匡眞大師は、如来世尊より、三十九世の兒孫なり。法を雪峰眞覺大師に嗣す。佛衆の晩進なりといへとも、祖席の英雄なり、たれか雲門山に光明佛の未曾出世と道取せん。

あるとき上堂、示衆、云、人人盡有光明在、看時不見暗昏昏、作麼生是諸人光明在。

衆無對。

自代云、僧堂佛殿、廚庫三門。

いま大師道の人人盡有光明在は、のちに出現すへしといはす、往世にありしといはす、傍觀の現成といはす。人人自有光明在と道取するを、あきらかに聞持すへきなり。百千の雲門をあつめて同参せしめ、一口同音に道取せしむるなり。人人盡有光明在は、雲門の自搆にあらす、人人の光明みつから拈光為道なり。人人盡有光明とは、渾人自是光明在なり。光明といふは人人なり。光明を拈得して、依報正報とせり。光明盡有人人在なるへし、光明自是人人在なり、人人自有人人在なり、光光自有光光在なり、有有盡有有有在なり、盡盡有有盡盡在なり。

しかあれはしるへし人人盡有の光明は現成の人人なり。光光盡有の人人なり。しはらく雲門にとふ、なんちなにをよんてか人人とする、なにをよんてか光明とする。

雲門みつからいはく、作麼生是光明在。

この問著は、疑殺話頭の光明なり。しかあれとも恁麼道著すれは、人人光光なり。

ときに衆無對。

たとひ百千の道得ありとも、無對を拈して道著するなり、これ佛祖正伝の、正法眼蔵涅槃妙心なり。

雲門自代云、僧堂佛殿廚庫三門。

 

今月の所感

今年の1月以来、新型コロナ感染予防のため月例参禅会はお休みしていましたが、9月末に緊急事態宣言が解除されたことと、今月に入り新規感染者数が急激に減少したことから、10月より再開する運びとなりました。

感染予防のため、坐禅堂では坐蒲の数が25個に制限され、禅講を行う大悲殿の机は一つ置きに坐るように準備されていました。

椎名老師が今年の5月に脳梗塞で緊急入院されましたが、虎ノ門病院での治療と懸命なリハビリにより、堂長として戻ってこられ、口宣のお声も以前と全く変わらず力強いものでした。

今月の「光明」の巻のご提唱は雲門文偃禅師が上堂で、「人人盡有光明在、看時不見暗昏昏、作麼生是諸人光明在」と問いかけたのに対して、衆無對と、誰も答えるものがいなかった。そこで自代云、「僧堂佛殿、廚庫三門」と、雲門が自ら答えたことについて、道元禅師が拈提されているところです。

「光明」の巻の冒頭では長沙景岑の言葉が取り挙げられていました。この十方世界はことごとく仏祖のまなこであり、仏祖のことばであり、仏祖の全身であり、仏祖の光明ならざるはなしと、「仏祖の光明」について語られていました。

今回の雲門のことばでは、そのような光明を有するものは、けっして仏祖のみに限ったものではなく、「人々ことごとく光明の在るあり」と示されているのです。

しかし雲門は続けて「看時不見暗昏昏、作麼生是諸人光明在」と述べています。即ち見ようとしても見えない、なんにもわからない。では、一体人々に光明があるとはどういうことなのか、と問いかけられているのです。

雲門が高座から大衆に向ってこのような問いかけをしましたが、誰一人答えるものが無く、そこで雲門が代わって、「僧堂、佛殿、廚庫、三門」だと答えたのです。

道元禅師は上記の雲門のことばを受けて、「人人盡有光明在は、雲門の自搆にあらす、人人の光明みつから拈光為道なり。人人盡有光明とは、渾人自是光明在なり」と拈提されています。即ち、人はそれぞれにみな光明をもっているというのは、決して雲門ひとりがつくりあげたものではない、人々の光明がみずから自己の光明を拈じてそういうのである。つまり、人はそれぞれみな光明があるというのは、すべての人が自ずから光明があるのだと、道元禅師は言われているのです。

この後道元禅師はつづけて、人人が光明であり、光明がことごとく人人を有していることを、道元禅師一流の論旨で転換されて行きます。「光明盡有人人在なるへし、光明自是人人在なり(中略)盡盡有有盡盡在なり」と。結論として、人人のことごとくもつ光明とは、現にここにある人人なのだ、つまり、光明がことごとく人人を有しているのである、ということを知っておくべきであると結ばれています。

このように結論づけた後、道元禅師は雲門に、それではあなたは、いったい何を呼んで人人とし、何を呼んで光明とするのですか、と問いかけています。

でも雲門は既に自ら、「作麼生是諸人光明在」と問いかけています。即ち、光明があるというのは、どういうことなのかと問いかけているのです。問いかけられた僧たちは誰も答えなかったのですが、道元禅師はこのことについて、たとえ僧たちが言うべきことが百千もあったかもしれないが、ただ沈黙をもって答えなかったのはよいことだと述べられています。

僧たちが誰ひとり答えなかったので雲門は代わって、「僧堂佛殿、廚庫三門」と言われました。これらは僧たちが日常眼前で見ているものばかりです。光明が僧堂・佛殿・廚庫・三門だということは一体どういうことでしょうか。雲門の代語についての道元禅師のコメントは来月のお楽しみとします。

 

杉浦年番幹事からのお知らせ

・参禅会の会計について報告します。今年の初めには34万円の繰越金がありましたが、『明珠』を2回発行し郵送したり、『口宣』を発行したことなどで、約20万円が支出され、残金は14万円ほどになってしまいました。

・第39回成道会を令和3年12月5日(日)午前9時から行います。参加者は午前8時45分までに来山してください。会費は無料です。参加希望は年番幹事まで、メールか11月の定例参禅会の時にお知らせください。

・定例参禅会が休会中に『明珠』75・76号と『口宣』23号が発行されました。

 

小畑代表幹事からのお知らせ

・今年は龍泉院参禅会発足50周年の歳にあたりますが、新型コロナ感染防止のため来年に延期しました。50周年記念行事は次の4つを予定しています。

  •  第5回在家得度式
  •  洞山良价禅師1150回遠忌
  •  『口宣』上梓
  •  龍泉院HPの更改

 

明石方丈和尚からのお知らせ

・10月から椎名老師が退かれた後の庫裏に入りました。

・新型コロナ禍で龍泉院参禅会の大きな行事が行われなかったので、龍泉院住職として参禅会の行事には不慣れな面があります。ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 

椎名東堂老師からのお知らせ

・5月に病気を患い参禅会員の方には色々とご迷惑をおかけしました。会員皆様のご心配とご支援に感謝申し上げます。左半身が麻痺しましたが、大病院での素早い治療とリハビリ病院での1ヶ月半の訓練で回復しました。

・現在は来年出版する本(2000頁以上)の校正と、研究論文(400~500頁)を作成中です。

・山門の脇に立っていた杉の大木が空洞化し、危険性が生じたため、切り倒しました。この杉は樹齢285年ほどで、沼南地区では最も古い木でした。倒木を輪切りにしたものを小林さんとお友達の方が磨き上げてくださいました。本堂に置きものとして飾ってあります。この置物を「本多喬杉」と名づけました。

・吉岡大龍さんが嗣法され洞雲大龍和尚となられました。この後、両本山で一夜住職をする予定です。

 

今月の司会者 杉浦上太郎

今月の参加者 22名

来月の司会者 未定