
今季最強にして最長の寒波が列島を覆う中、令和8年最初の月例坐禅会を常の如くに執り行いました。暦の上では『大寒』真っただ中ということもあり、吐く息が白いのはもちろんのことながら、特に早朝は、しばらく屋外にいたりすると、手はかじかみ耳の先も痛くなるなどして、いつもと違う寒さに思わず肩をすぼめてしまい、あらためて大寒であることを実感させられます。

そのような寒さの中にあっても、自然の営みが途切れることはなく、境内のロウバイは花を開き、諸所に点在するツバキも数こそ少ないものの一輪二輪と花をつけ始めています。そんな草花たちを折にふれ見ていると、年々歳々季節がめぐりその運化に誤りが無いことについて、いつも感嘆させられます。私もそのような季節の移ろいに習い、行持道環に思いを馳せ、今日もいつもと変わらず坐禅堂で脚を組み、静寂のひと時を過ごしました。
坐禅後は、今回で13回目となる『禮拜得髄』の巻の講義が行われました。今回は先月の内容の続きからで、「女人禁制の結界を批判」した箇所となります。講義の中で方丈は、この巻の中にある女性という言葉を、少数派(マイノリティ)という言葉に置き換えると、女性のみならず男性にとっても身近なテーマになるのではないかと述べられました。さて前回は少数派の存在や意見を制限・制約したりすると、イノベーションが起こりにくくなり、組織や集団は硬直化して社会に大きな損失をもたらすのだという内容でしたが、今回は「集団浅慮」という言葉をキーワードに、少数派を顧みないと大きな過ちや失敗を起こすことにつながるんだということについて話されました。これは、優秀であるはずの個人が集団になった時に発現するあまりにも愚かな意思決定プロセスのことで、一人の人間が冷静に考えれば絶対にやならない判断・決定にいたってしまうというのがこの「集団浅慮」の恐ろしいところなのだと話されました。この集団浅慮に陥らないためには、周りに迎合しない者の存在が重要で、周囲をイエスマンで固め多数派を形成することに汲々とするのではなく、堂々と正論や反対意見を提示できるような多様な考えを持つ人間を仲間に引き入れてこそ、最良の決断・判断ができるのだと述べられました。そして山本七平さんの『空気の研究』を引き合いに出し、集団の中にあっても臆せず「水を差すことのできる人」の存在を大事にしなければならないとも話されました。
講義後は、茶話会を行い、連絡事項等を伝達した後、散会となりました。


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