平成二五年四月降誕会報告 プリント
img_3989-1.jpg開単式後最初の行事である花まつりが、4月8日午後2時から参禅会員10名が参加して行われました。法要の最後にご老師から次のようなお話がありました。
まず冒頭にご老師から「今日はお釈迦様のお誕生日です。おめでとうございます」と言うご挨拶がありました。最近はお正月の年賀状に換えて、降誕会にあわせて「お釈迦様お誕生おめでとうございます。皆様方の平安とご健康をお祈りいたします」と書かれたお祝いの葉書を送られる方が多くなって来たそうです。
考えてみれば仏教徒としてはあたりまえのことで、お釈迦様のお誕生があって仏教があるわけですから、お釈迦様のお誕生をお互いに喜び、言祝ぎあうことは、当たり前なのです。そのようなことから、冒頭にご老師が「今日はお釈迦様のお誕生日です。おめでとうございます」と仰られたのでした。
img_3996-1.jpgさて、人はつまらないことで他人に怨みつらみをもつものです。これは自分の意見を固く主張して譲らない確執より生ずるものです。ことに隣同士には土地問題などを巡って確執が生じやすいものです。隣の家と、隣の村と、隣の国と確執が起るのは、尖閣諸島や竹島問題を見れば明らかです。
確執は自分の欲が抑えられないことから生じますが、人間は所詮死ぬものですから、怨みつらみをもって死ぬのではなく、皆さまに喜ばれ、お世話になった人への感謝の念をもって死にたいものです。
小さいことにこだわり怨みつらみを持つのは、自分の欲に振り回されているからです。自分の欲をどうしたらコントロールできるか、それは頭で欲望をコントロールしようとしてもできないのです。頭で分ることではないのです。欲望をコントロールすることを養えるのは、行動でしかないのです。
img_4001-1.jpg行動とは坐禅であり、作務であり、畑仕事など、地に足のついた実践・行持です。澤木興道老師がかつて永平寺で雲水たちに1時間半ほどのご提唱を行った後、法堂を出て数歩歩いて振り向きざま、「今までの話は全部ウソです」と言われたそうです。一体これは何を意味するのでしょうか。
仏法は目で読み、耳で聴き、頭で理解するものではなく、歩きながらしみじみと身につけるものである。実践しながら身につけるものであり、年月が経つうちにブレナイもの不動の心が身についてくるものである、ということを澤木老師は言われたのではないかと云われています。
今年の花まつりに列席して、仏道は地に足のついた行動・実践を通じてしか得られないことを、改めて心に刻んだ次第です。
最終更新日 ( 2013/07/16 火曜日 08:24:41 JST )
 
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