
春の景色を称える禅語に「春色百花紅」とありますが、その言葉に違わず境内の草木は次から次へと色とりどりに花を咲かせていきます。ただ、ここ数日来の春の長雨により、せっかく満開となった枝垂れ桜が、余韻に浸る間もなく早々に散ってしまったのは名残惜しい限りです。そんな長雨も、お釈迦様の誕生日の今日ばかりは中休みでしょうか、ハレの日を祝うように陽光が本堂を包む午後2時、『降誕会』の法要が行われました。


法要は、明石方丈が導師を務め、参禅会員の他、近隣のお檀家様21名が見守る中、厳かに執り行われました。降誕会では、ひと通りの読経の後、「灌浴の偈」をお唱えします。そのお唱えが始まると、列席者はそれを合図に進前し、『花御堂』の誕生佛に甘茶を灌ぐのですが、皆さん整斉と列をつくり、順番が来ると小さな柄杓を手にして可愛い佛様に順次甘茶をかけていかれました。

法要後は方丈による法話となります。法話では、『他は是れ吾れにあらず、更に何れの時をか待たん』という道元禅師の著書『典座教訓』にある言葉をテーマに、15分ほどの話しをされました。その中で方丈は、上記道元禅師の言葉を端緒に、「自分の人生の主役は自分である」ということと「時間の使い方は命の使い方である」という旨の話しをされ、更にギリシャのストア派哲学者エピクテトスの言葉を参考に話しを進められました。特にエピクテトスの「我々次第でないもの(自分でコントロールできないもの)」 と「我々次第であるもの(自分でコントロールできるもの)」の見極めが大切であるとして、自分でコントロールできないもの(評判・身体・地位・財産)に囚われ過ぎて落ち込むのではなく、自分でコントロールできるもの(判断・欲望・意欲)への対処に時間と努力を集中して自信を得なさいという話しをされました。そしてこの自分でコントロールできるものに真剣に向き合うための心構えが、「他は是れ吾れにあらず」という言葉であるとし、法話を締めくくられました。法話後は本堂の片付けの後、散会となりました。
※参考『人生の授業』荻野弘之著 ダイヤモンド社

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