令和二年四月降誕会報告 プリント
img_2763-1.jpg令和2年4月8日(水)午後2時から降誕会(花まつり)の法要が龍泉院本堂でおこなわれました。
導師はご老師、先導は明石和尚、侍者は松井さん、侍香は五十嵐、となり、殿鍾と維那は小畑代表、堂行は明石和尚が務められました。
導師一行が入堂し、ご老師がお釈迦さまのお誕生を祝う香語を読み上げられ、導師焼香、普同三拝に続いて『般若心経』一巻を全員で読み上げました。
『般若心経』誦経の後、ご老師から次のようなご法話がありました。

降誕会は「花まつり」とも呼ばれますが、これはお釈迦さまが生まれた時、インドでも花がいっぱい咲いていたことから、そのように言われるようになったのだと思います。
皆様は誕生日を家族の方などから祝っていただいた経験をお持ちでしょうが、個人で亡くなってから誕生日に祝ってもらえるのは、よほど生前に功績を残された方に限られます。
お釈迦さまは亡くなってから、仏教国では聖なる日としてお祝いされていますので、あらためて偉い人だと思わずにはいられません。
img_2782-1.jpgところでお花は植物ですが、生まれてから亡くなるまで、お花によって人間はどれだけ癒され豊かになっているだろうかを考えなくてはならない。
最近お花に関する本を読みました。イランの北部の砂漠地帯の洞窟の中からネアンデルタール人(約40万年前に出現し、約4万年前に絶滅したとみられる)の9体の遺骨が発見されました。そこに洞窟内で咲くはずのないお花の花粉も一緒に見つかりました。いろいろと調査した結果、この洞窟はネアンデルタール人を葬ったお墓であり、花粉はその時にお供えしたお花のものであることがわかってきました。このことからネアンデルタール人が亡くなった時は、現在と同じようにお花をお供えし、お祈りもしたのだろうと思います。
時代は下ってお釈迦さまが生まれた時のインドは、もう文明がかなり発達していましたから、人間の考えも発達し、どう生きるべきか、己というものはどう活かしてゆけばよいのかをよく考えるところでした。そのような時代背景があればこそ、お釈迦さまのような方が出られたのだと思います。
人間の一番の目標は安らぎを得ることです。今、新型コロナウイルスで世情は騒然としていますが、その中にあって自分自身の安らぎの心をもって、自分はどう生かされているのかを素直に見つめることが重要です。またこのことをお釈迦さまは一般衆生に求められ教えられたのです。坐禅は心の安らぎであることは申すまでもありません。
img_2766-1.jpg昨日あるメディアの人とお会いしました。その方は小さい時に母親に連れられて花まつりに行かれたことがあり、その縁で、日本大学の宗教科に入学されたそうです(因みにご老師の師匠は日本大学宗教科の教授でした)。どうか皆さまも、お孫さんや曾孫さんをそのようなところにお連れされることも、重要なことではないかと思う次第です。
ご老師の法話の後、花御堂に安置されている釈尊の誕生仏に甘茶を掛け、手を合わせました。また大黒様お手製の甘茶をいただきました。甘茶は本当に甘く、これまでいただいた中では最も甘い甘かったように思います。
甘茶を頂いた後に裏山で筍堀をしました。まだあまり筍は顔を出していませんでしたが、それでも一人5~6本の筍をお土産として頂きました。龍泉院様からは甘茶の飴を、小畑代表からは蓬入りの大福をいただきました。ご老師に、小畑代表に、感謝!感謝!です。
今年の降誕会は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のための緊急事態宣言が昨日出されたことから、参加者は6名でした。一刻も早く新型コロナウイルスの感染が終息することを祈るのみです。



最終更新日 ( 2020/04/09 木曜日 18:11:20 JST )
 
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