令和元年一二月成道会報告 プリント
img_0076-1.jpg令和元年12月8日、第三七回成道会が9時から行われました。導師は御老師、維那・殿鐘は小畑節朗さん、侍者は小畑二郎さん、持香は斉藤正好さん、副堂は大玄和尚、先導は刑部一郎さんが務められました。ご老師から釈尊の成道を讃える拈香法語が読み上げられ、全員で般若心経一巻を諷誦しました。
次にご老師との問答がありました。今年も大勢の方が日頃の疑問や悩みなどをご老師に問いかけました。
例えば、
問:「二〇年坐禅を組んできたが、初心の弁道をもってやってこれたかどうか」
答:「普段の地道な行持が弁道である」
問:「自とはなにか」
答:「自分と他とを越えた意味である」
問:「物事に拘るなとあるが、仕事上お金に拘ってしまう。どうしたらよいか」
答:「それに振り回されないことである」
問:「徳山は言うも三〇年、言わざるも三〇年と言っているが、その面目とは」
答:「私は何にも言い得ない」
等、真剣な問答がご老師との間に展開されました。
img_0090-1.jpgその後、御老師による法話がありました。今年のご法話は龍泉院が保有している達磨さんが描かれた掛け軸についてでした。この絵は巨海東流(1853年没)という江戸後期の曹洞宗の僧侶が描いたものです。
東流は14歳で越後(新潟県)長福寺梁山全棟について出家し、のち担戒良重の法を嗣ぎました。文化12年(1815)信濃(長野県)の大聖寺、同13年志摩(三重県)の常安寺、天保4年(1833)武蔵(東京都)世田谷の豪徳寺(22世)に住しました。豪徳寺は井伊家の菩提寺であることから、幕末の大老井伊直弼の師にもなりました。井伊直弼は水戸浪士に桜田門外で襲われましたが、泰然自若としていたそうです。この達磨の絵は、東流が示寂(嘉永6年9月9日、世壽75)直前に描かれたもののようで、何か「縁」を感じ取ってもらえれと述べられました。
なお東流は絵画・和歌をよくし、著書に『永平高祖發菩提心辨解』一巻、『碓房随筆』一巻、『大智禅師偈頌一口辨』一巻、『碧嚴録註』一巻、『普勧坐禪儀並坐禪箴辨解』一巻、等があります。
法話の後で、二〇年間参禅されてきた方の表彰があり、今年は相澤さんが表彰され、御老師から「非思量」と揮毫された額が贈られました。
法要が終わり点心となり、典座を務められた松井、小山、佐藤、坂牧さんから次のような心のこもったお料理が出されました。
img_0080-1.jpg①    茸飯(しめじ、椎茸、人参、油揚げ、白胡麻)
②    煮物(人参、里芋、隠元、椎茸、ピリカラ蒟蒻)
③    揚げ物(筏牛蒡とサツマイモ)
④    炒め物(白菜、大根、エリンギ、人参、厚揚げ)
⑤    和え物(大根の変り煮)
⑥    和え物(サツマイモと餅米で芋団子の黄粉まぶし)
⑦    うどん汁(うどん、焼き海苔、白胡麻、三つ葉、柚子)
⑧    漬物(沢庵、大根の浅漬け、赤蕪の酢漬け)




最終更新日 ( 2019/12/24 火曜日 13:09:32 JST )
 
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