令和元年一一月定例参禅会報告 プリント

今月の提唱

『正法眼藏』「空華」の巻(2)

img_2635-1.jpg自は己なり、己は、必定これ儞なり、四大五蘊をいふ。使得無位眞人のゆえに、われにあらず、たれにあらず。このゆえに、不必なるを自といふなり。然は聽許なり。自然成、すなはち華開結果の時節なり、傳法救迷の時節なり。たとへば、優鉢羅華の開敷の時處は、火裏・火時なるがごとし。鑽火・焔火、みな優鉢羅華の開敷處なり、開敷時なり。もし優鉢羅華の時處にあらざれば、一星火の出生するなし、一星火の活計なきなり。しるべし、一星火に百千朶の優鉢羅華ありて、空に開敷し、地に開敷するなり。過去に開敷し、現在に開敷するなり。火の現時・現處を見聞するは、優鉢羅華を見聞するなり。優鉢羅華の時處をすごさず見聞すべきなり。
古先いはく、優鉢羅華火裡開。しかあれば、優鉢羅華はかならず火裡に開敷するなり。火裡をしらんとおもはば、優鉢羅華開敷のところなり。人見・天見を執して、火裡をならはざるべからず。疑著せんことは、水中に蓮華の生ぜるも疑著しつべし、枝條に諸華あるをも疑著しつべし。又疑著すべくは、器世間の安立も疑著しつべし。しかあれども疑著せず。仏祖にあらざれば、華開世界起をしらず。華開といふは、前三三後三三なり。


今月の所感

今月の定例参禅会は朝方に冷たい雨に見舞われる生憎のお天気でしたが、新しい方が6名も参加されました。これは清水秀男さんが、我孫子市の広報誌『広報あびこ』と朝日新聞地域版の『朝日れすか』に、龍泉院参禅会のお知らせを掲載してくださるよう、労をとられたおかげです。坐禅堂に入ると晩秋にもかかわらず大変暖かく、快適に坐ることができました。新しい方への坐禅指導は小畑二郎さんと河本健治さんがあたられ、大変懇切丁寧に指導されていました。

今月の「空華」の巻は、達磨大士が言われた「一華開五葉、結果自然成」の自然成についての拈提から始まります。
まず「自」についての拈提ですが、いつもの通りかなりしつこく拈提されています。
「自然成」の「自」とは「己」であるが、自己といえども他人から見れば間違いなく「儞(なんじ)」と呼ばれる存在であり、地水火風の四大と色受想行識の五蘊によって成り立っているものである。また臨済義玄の「無位の真人」を使いこなしているならば誰でもよく、我でもよいし誰でもよい。つまり誰でなくてはならないと決まったものではないから、「自」というのであると、道元禅師は示されています。
次に「自然成」の「然」というのはその通りという聽許(おゆるし)の意味である。つまり「自」即ち自己が、「然」即ち聽許されて、「成」即ち現成するのが、そのまま華開く時であり、果を結ぶ時であるというのが「自然成」であると道元禅師は示されています。
img_2639-1.jpgまた、「自然成」で華開五葉して結果自然成する時節は、法を伝え迷情を救う時節でもあり、具体的には三千年に一度華が開くという優鉢羅華の開く時と処は、火のある時、火のある処なのだと示されています。ここから優鉢羅華が開く時と処が火の時であり火の処であることが、つぶさに拈提されて行きます。要は自己をそのまま受け取ることが、華が開いた結果の時、即ち悟りの時であり、法を伝え、衆生救済の時であることを説かれているのだと思います。
今月のご提唱の中ほどに「古先いはく、優鉢羅華火裡開」とありますが、これは優鉢羅華が火の処で開くことを、同安常察禅師の「十玄談」の一節でもって根拠を示されているところです。同安常察禅師は宋初の人で、道吾円智の孫弟子である九峯道虔禅師の法嗣です。「十玄談」は『景徳傳燈録』卷二九に見え、その中の転位に
披毛戴角入廛來、優鉢羅華火裏開。煩惱海中為雨露、無明山上作雲雷。鑊湯爐炭吹教滅、劍樹刀山喝使摧。金鎖玄關留不住、行於異類且輪迴
というのがあります。
この同安常察禅師の偈を引いて道元禅師は、優鉢羅華は必ず火裏で開くものであると断言されているのです。火裏で開くことを疑うのは常識に捉われているからである。もし火裏の中で優鉢羅華が開くことを疑うならば、水中に蓮華が生ずることや枝の先に華が咲くことも疑わなくてはならない。さらにこの世界がここに安定していることも疑わなければならない。それなのに多くの人はそのようなことは疑わないで、火の中で華が開くことのみを疑っている。大変愚かなことだと道元禅師はすごまれています。
拈提の締めくくりとして「仏祖にあらざれば、華開世界起をしらず」と結ばれていますが、これは『景徳傳燈録』卷二の西天二七祖般若多羅尊者の章に見える偈、
心地生諸種、因事復生理。果滿菩提圓、華開世界起
に依るものです。因みに般若多羅尊者は菩提達磨を教化出家させた方です。
今月のご提唱の最後の語句に「華開といふは、前三三後三三なり」とあります。これは華が開くのは無数であるという意味です。前三三後三三とは、前も無数、後ろも無数で、物の数の無量であることを意味します。
前三三後三三のもとは、『玄沙広録』巻中で招慶院を訪れた玄沙が麟上座に、「什麼生一院、有幾寮舍」と問うたところ、麟が「前六後六」と答えたことによると、ご老師からお聞きしました。
玄沙が「什麼生(なんと立派な)一院だ!寮舍(僧堂)は幾つ有るか」と尋ねると、麟上座は「前に六棟、後ろに六棟」と答えたのですが、僧堂がぎっしりと建ち並んだ様を言った言葉です。それらの僧堂には修行僧が満ちているという含みがあり、その盛大な賑わいぶりを語っているのです。内実はさておき、これがこの語の原義だと言われています。
後世はこの語句に深遠な意味が加わって、「数量で計れぬ根本智の消息」などと説かれるようになりますが、原義とは異なっているようです。(『禅語辞典』より)

img_2640-1.jpgご提唱が終わり茶話会の冒頭に、ご老師から三町勲様が9月13日に86歳でお亡くなりになられたことが告げられました。三町さんは昭和58年から参禅会で活躍され、特に集合写真のカメラマンを務めてくださり、また成道会では石仏を撮られた写真を額に入れ、あみだくじで当選された方にプレゼントされていました。石仏の写真は大変人気があり、あみだくじの抽選が毎年外れてもらえなかった梅花講の方が、口惜しくて辞められたという逸話もあったそうです。
全員で三町さんのご冥福を祈って黙とうを捧げ、また三町さんを知る人からは、三町さんとの思い出が語られました。


刑部年番幹事からのお知らせ

・12月8日(日)に成道会が行われます。参加は現在22名です。法要のリハーサルを8時半から行います。配役は殿鍾は小畑代表、副堂は明石師、維那は杉浦、侍者は小畑(二)、侍香は齋藤、先導は刑部、典座は松井・佐藤(敬称略)。
       成道会の案内はこちら>>
・12月15日(日)に柏駅東口で歳末助け合い托鉢を行います。参加者は12時半までに長全寺に集合してください。
・12月5日(木)の午後9時半からJ:COMの坐禅体験会が行われます。


齋藤坐禅普及委員からのお知らせ

・11月9日(土)午後2時から松戸市交流会の坐禅体験会が行われました。8名の方が参加され、二炷の坐禅と経行を体験されました。その後ご老師から企業経営に関して、江戸時代の禅僧鈴木正三、東邦薬品の創業者松谷義範、青森県の建材センター吉田産業創業者吉田昇平についてのお話がありました。参加された女性からは、これほど息を吐くことを意識したことはありませんでしたなどの感想が寄せられました。

明石師からのお知らせ

・龍泉院に来山してから4ヶ月経ちました。

ご老師からのお知らせ

・今年の成道会は一年間の総決算です。できるだけ多くの方が参加するようにして下さい。
・本格的な寒さが来ますので健康にご注意ください。

今月の司会者 中原 悦男
今月の参加者 33名
来月の参加者 茂木 伸

最終更新日 ( 2019/11/26 火曜日 16:43:45 JST )
 
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