平成三一年二月涅槃会報告 プリント

img_1679.jpg-1.jpg余寒の厳しい2月15日、午後2時から涅槃会の法要が行われました。本堂に向かって右手には大きな涅槃図が掛けられていました。この涅槃図は毎年2月1日から15日まで本堂に掛けられています。
涅槃会の法要はご老師が導師を、維那・先導は小畑代表、侍者は松井さん、侍香は山桐さん、副堂は五十嵐が務められました。導師一行が入堂し、ご老師が釈尊の涅槃に関する拈香法語が読み上げられました。
     
♪ご老師の香語>>
今年は梅花講の方の参加がなく、少し寂しい感じでしたが、香語につづいてご老師とともに全員で『般若心経』一巻と『舎利礼文』を3回お唱えしました。その後ご老師から涅槃会に関して次のようなお話がありました。

img_1684.jpg-1.jpg梅花講の方々が高齢により不参加になったのは残念なことです。住職歴61年となり、平成の区切りとともに、住職を辞することになりましたので、来年の涅槃会は新しい住職のもとで行われると思います。ただ坐禅だけは命の限り行い、坐禅に関する行事は隈なく参加するつもりです。
ここに掛かっている龍泉院の涅槃図は柏市では一番古く大きなものです。正徳五年(1715)に、龍泉院中興開基である本多正貫公から数代後の方が寄進くださったものです。因みに正貫公は現在地四丁歩ほどをご寄進してくださり、全伽藍を建立してくださった大檀那であります。
この涅槃図を見ると、お釈迦様の周囲の方々は嘆き悲しんでいますが、お釈迦様は穏やかなお顔で横たわっておられます。何故でしょうか。
img_1694.jpg-1.jpgお釈迦様は覚っておられるから死に臨んでも泰然としており、何も悲しくもない筈であると考えれば、それでもうお終いです。ところが『大般涅槃経』によれば、お釈迦様の弟子が「お釈迦様がお亡くなりになられたら、その後、どのようにしたらよいのでしょうか」と尋ねたところ、お釈迦さまは「わしの老いぼれた体は朽ち果てる。わしの体は荼毘にしてくれ」と答えられました。
さらに弟子が「お遺骨はどうすればよいでしょうか」と尋ねると、お釈迦様は「立派な塔を人通りの多い道路に建て、その中にお骨を納め、誰でも気安く拝めるようにしなさい」と答えました。
このお釈迦様のお言葉を見ると、お釈迦様は覚りを開いて本来無一物の筈なのに、我欲が強い方のように思えます。しかし真相は、お釈迦様が亡くなって直接説法をすることができなくなる。せめて一般の人々からよく拝めるようにして、その果報が後に遺りますようにという思いで、このようなお言葉を弟子たちに話されたのです。
img_1680.jpg-1.jpg果報が残されるように、大勢の人に拝んでもらえば、大勢の人に功徳がリターンすることになる。果報を何とか残すために自分の遺骨を塔に安置するようにと仰ったのだと思います。
ところで皆様方が坐禅堂を建てた理念は「自未得度先度他」です。自分のチッポケナ考えでチッポケナ坐禅をするだけではなく、大勢の人の救済のために大勢の人の心の安心のために造られた坐禅堂です。しかも造ったらお終いではなく、大勢の人に使っていただいて、安らかな心を懐いていただければということで坐禅普及活動をなされています。これは根っこの部分でお釈迦様のお考えと同じであると思っています。
この他、色々とお話ししたいことがありますが、今日はこれで終わりにいたします。寒い中を涅槃会にご参加くださいましたことを、重ねてお御礼申し上げる次第です。

法話の後、一炷の坐禅を行いました。坐禅の後、大黒様の心遣いで暖かく整えられた本堂奥の部屋で茶話会が行われました。




最終更新日 ( 2019/02/22 金曜日 15:54:58 JST )
 
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