平成二九年三月定例参禅会報告 プリント

今月の提唱


『正法眼蔵』「看經」の巻(4)

img_9226.jpg-1.jpgそれ我与汝看転大蔵経あきらかなり、遶禅床を看転大蔵経と学するにあらず、看転大蔵経を遶禅床と会せざるなり。しかありといへども、高祖の慈誨を聴取すべし。
この因縁、先師古仏、天童山に住せりしとき、高麗国の施主、入山施財、大衆看経、請先師陞座〈入山し財を施し、大衆の看経、先師の陞座を請う〉のとき、挙するところなり。挙しをはりて先師すなはち払子をもておほきに円相をつくる事一帀していはく、天童今日与汝看転大蔵経。便擲下払子、下座〈天童、今日、汝が与に大蔵経を看転す。便ち払子を擲下して下座す〉。
いま先師の道処を看転すべし、余者に比準すべからず。しかありといふとも、看転大蔵経には、一隻眼をもちいるとやせん、半隻眼をもちいるとやせん。高祖の道処と先師の道処と、用眼睛、用舌頭、いくばくをかもちいきたれる。究辨看〈究辨し看よ〉。
曩祖薬山弘道大師、尋常不許人看経。一日将経自看。因僧問、和尚尋常不許人看経、為甚麼却自看。師云、我只要遮眼。僧云、某甲学和尚得麼。師云、儞若看、牛皮也須穿。
〈曩祖薬山弘道大師、尋常、人の看経するを許さず。一日、経を将って自ら看す。因みに僧問う、和尚、尋常、人の看経するを許さず、甚麼としてか却って自ら看する。師云く、我は只だ遮眼を要すのみ。僧云く、某甲和尚を学び得てんや。師云く、儞もし看せば、牛皮も也た須く穿るべし。〉
いま我要遮眼の道は遮眼の自道処なり。遮眼は打失眼睛なり、打失経なり、渾眼遮なり、渾遮眼なり。遮眼は、遮中開眼なり、遮裏活眼なり、眼裏活遮なり、眼皮上更添一枚皮〈眼皮の上にさらに一枚の皮を添う〉なり、遮裏拈眼なり、眼自拈遮なり。しかあれば眼睛経にあらざれば、遮眼の功徳いまだあらざるなり。牛皮也須穿は、全牛皮なり、全皮牛なり、拈牛作皮なり。このゆえに、皮肉骨髄頭角鼻孔を、牛牸の活計とせり。学和尚のとき、牛為眼睛なるを遮眼とす、眼睛為牛なり。



今月の所感

img_9211.jpg-1.jpg今月の「看経」の巻の提唱では薬山と僧との問答を取り上げ、それを道元禅師が拈提されていますが、この箇所は大変難解です。ご老師は「この道元禅師の拈提されているところは余りにも哲学的であり、『正法眼蔵』の中でも最も難解なところです」と仰られていました。確かにご老師のご提唱をお聞きしていてもよくわかりませんでした(失礼をお許しください)。
そこで小生としては無謀にもこの難解な道元禅師の拈提されている箇所に挑んでみたいと思います。

薬山弘道大師は常に人には看経を許さなかった。ある日、薬山が経を読んでいた。それを見た僧が「和尚は常に人には看経を許していません。それなのにどうしてご自分は経を読んでいるのですか」と詰問した。薬山は「私は余りにもものがはっきりと見えすぎるので、少し眼を曇らせようとただ経典を読んでいるだけだ」と答えた。それを聞いた僧は「私も和尚さんをまねて、眼を曇らせるために経をよんでもよいでしょうか」と言った。薬山は「もしお前が経を読んだなら、きっと牛の皮も孔があいてしまうだろう」と言った。
この「私は経典を読んで眼を曇らせようとしている」という言葉は、薬山の鋭すぎる眼をほどほどに曇らせる立場から、自然と言われたところである。眼を曇らせることによって、はっきりと事細かなことまで見ようとする態度を止めることであり、また一切経の事細かなことを栓索することを止めることであり、目が曇るならばそれだけのことであり、眼を曇らせればそれだけのことである。
眼を曇らせると、曇っている中で眼が開けるのであり、曇っているところに活き活きと働く眼があり、眼の中には曇らせるという活きた働きがあり、そのために眼の瞼の上にもう一枚、自由自在に眼を曇らせる瞼が添えられているのであり、曇っている中で眼を自由自在に使い、眼は自ら曇らせる働きをすることもあるのである。
img_9213.jpg-1.jpgそのようであるからこそ、眼そのものが経典と完全に一つになった状態でないならば、眼を曇らせ、余分なものを見ないで、核心を突いたところが見えるようになり、経典を読み下すことができるという効果は出にくいものとなる。
薬山禅師が「牛の皮に書かれた経典をお前の鋭い眼で読むならば、経文の一部一部に捉われて、牛の皮も孔があいてしまうだろう」と言われた。この牛の皮とは牛の一部を指しているのではなく牛全体を指しているのである。皮に包まれたところの具体的な牛そのものである。だから牛の皮に書かれた経典は、単に抽象的な論議をしているのではなく、経典そのものが現実そのものを示していることになるのである。
このことを牛を取り上げて具体的に言うならば、牛の皮・肉・骨・髄の働きも、頭の角の働きも、鼻の孔の働きも、牛の一部の働きではなく、牛の全活動なのである。経典の働きも当然そのようである。
薬山禅師を学ぶことによって、眼の働きは牛の一部の働きではなく、牛の全活動であることがわかる。即ち牛の皮に書かれた経典は眼の働きと完全に一つになっており、このことは眼を曇らせることによってなし得るのである。

以上、薬山と僧との問答に関する道元禅師の拈提をさらにこねくり回しましたが、皆さんお分かりになれましたでしょうか?
余計にわかりにくくなった。そうでしょう、そうでしょう。小生はパソコンの画面を見つめすぎて眼が曇ってきました。



刑部坐禅普及委員からのお知らせ

・3月22日(水)午前9時から海上自衛隊下総基地の隊員21名が來山され、11回目の坐禅体験会が行われました。坐禅体験の後、ご老師からは金子みすゞの詩を題材にしたご法話がありました。

相澤作務班からのお知らせ

・4月の定例参禅会の後に筍堀がありますが、裏山の景観デザイン上、掘ってほしくない筍には印を付けておきますからご注意ください。

松井年番幹事からのお知らせ

img_9215.jpg-1.jpg・4月8日(土)午後2時から降誕会が行われます。大勢の参加をいただいて盛大にお釈迦様のお誕生をお祝いしたいと思います。
・4月の定例参禅会の後に筍堀があります。スコップや鍬など筍を掘る道具がる方はご用意ください。また足元がしっかりした履物もご用意ください。
・一夜接心が6月3日(土)・4日(日)に行われます。

  

小畑代表からのお知らせ

・3月22日の坐禅体験会に当られた坐禅普及委員の方々はご苦労様でした。
・『明珠』67号が発行されました。編集委員の方はご苦労様でした。
・4月8日の降誕会には現在12名の方が参加する予定です。
・5月14日(日)の午前9時から12時まで、パレット柏で坐禅体験会を行います。友人など周りの人にお知らせ下さい。
・作務班の方のご足労により裏山が大変きれいになりました。これからは境内のお花も咲き始めきれいになります。


ご老師からのお知らせ

・『明珠』67号の発行ご苦労様でした。
・4月8日(土)の午後2時から降誕会があります。土曜日ですのでお休みの方は奮ってご参加ください。花まつりは年間行事の一つです。「行事は大切にしなければならない」と道元禅師も仰られています。
・今年は外国人への坐禅体験会を是非やりたいと思っています。英語の得意な方は奮って通訳をお願いいたします。

今月の司会者 佐藤 修平
今月の参加者 28名
来月の司会者 河本 健治

最終更新日 ( 2018/04/30 月曜日 10:17:33 JST )
 
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