龍泉院ホーム arrow 行事報告 arrow 平成二八年一〇月45周年東北旅行報告2
平成二八年一〇月45周年東北旅行報告2 プリント
2日目  平成28年10月19日(水)
img_8814.jpg-1.jpg午前8時にホテル観洋を出る。南三陸の津波の被害について案内してくださる語り部の〇〇様が既にバスの前でスタンバイされていました。〇〇様ご自身も自宅を津波で流され、現在は仮設住宅に入居されている被災者のおひとりです。
避難場所に指定されていた中学校が津波で水没したため、避難していた人たちが急遽裏山へ逃げ、かろうじて難を免れたところや、最後まで住民に防災無線放送で繰り返し避難を呼びかけ、自らは押し寄せる津波に流され犠牲となった女性職員がいた南三陸防災対策庁舎跡を訪ねる。
防災対策庁舎跡を存続するか否かはまだ決まっていないが、跡地の周囲は津波対策として高く盛土がされているので、庁舎跡は谷間に建っているように見えます。庁舎跡を望む高台に移動し、献花台の前で、最後まで避難を呼びかけた女性職員達など、犠牲となられた方々の慰霊へ安らかにお休みくださいと手を合わせました。
語り部さんのお話を1時間ほどお聞きしてから、陸前高田市の普門寺さんに向かい、10時半に普門寺さんに到着。ご住職の熊谷光陽老師から、地震発生時に陸前高田の山手にある普門寺さんから見た市街地に押し寄せる津波の状況や、その市街地に大黒様が当時出かけておられ、もう助からないだろうと諦めておられた心境などをお聞きしました。
img_8820.jpg-1.jpgただ大黒様は奇跡的に津波に飲み込まれず無事普門寺さんにたどり着いたそうで、皆ホッと致しました。
普門寺さんは震災直後から市の委託を受け、身元が分からない遺骨を保管し、震災2カ月後には約360柱が境内に安置されていました。県警によるDNA鑑定などで数は減りましたが、女性10、男性3、性別不明1の計14柱は遺族などが見つからず、市が普門寺さんの境内の土地を借りて整備した墓地に埋葬されました。我々は本堂の脇に犠牲者を供養するために祀られている阿彌陀様の前で舍利礼文をお唱えいたしました。
12時に普門寺さんを出てバスで近くにある食堂カフェ仙華園に行き昼食をとりました。バスの運転手さんによると、午後に向かう予定の大槌町旧庁舎前にある慰霊碑は、最近塀で囲まれ中に入れなくなったとのこと。早速大槌町の役場に問い合わせると、確かに慰霊碑の所には入れなくなったことが確認されたので、小畑代表幹事と松井リーダーとの協議の結果、大槌町旧役場に行くことは中止し、代わりに陸前高田市の旧道の駅(タピッタ45)の前にある慰霊碑で法要を行うことになりました。
img_8848.jpg-1.jpg昼食をとった食堂カフェ仙華園は地産・地消が売り物で、岩手県だけで採れた野菜やお肉・魚介類を使用したラーメンか魚介丼をいただきました。午後1時に食堂を出て旧道の駅(タピッタ45)に向かう。タピッタ45は津波によって破壊されましたが、津波の恐ろしさを後世に語り継ぐため、震災遺構として保存されることになりました。タピッタ45の前にある追悼施設は平成25年1月に、津波で全滅した陸前松原の松を木材として建てられたもので、追悼施設の中にある慰霊碑の前で舍利礼文を全員で三度お唱えいたしました。
再びバスに戻り、大船渡市にある碁石海岸に向かいました。碁石海岸は三陸復興国定公園の代表的な景勝地で、リアス海岸の絶壁から太平洋を眺めることができ、また碁石が海岸一帯に敷き詰められたような浜辺もある風光明媚なところです。碁石海岸を暫く散策したのち、バスに戻り、一路今夜の宿である花巻温泉ホテル志度平へ向かう。
dsc00549.jpg-1.jpgホテルに到着後、部屋割りを済ませてから宴会場に集合して、ご老師から『延宝傳燈録』巻七にある月泉良印禅師についてのご提唱をいただきました。月泉良印禅師は正法寺第二世で、初代の無底良韶の遷化の後、師の峨山禅師の命により正法寺の住持となりました。良印禅師の弟子は「月泉四十四資」いわれ、末寺は508ヶ寺、門葉1200ヶ寺といわれるほど正法寺隆盛の礎を築いた方です。
ご老師のご提唱の後、お風呂に入り夕食をいただきました。

3日目  平成28年10月20日(木)
img_8854.jpg-1.jpg午前8時半にホテル志度平を出発して宮沢賢治の里に向かいました。途中バスの中で松井リーダーから賢治についての講義があり、その中で賢治の「雨ニモマケズ」を全員で朗読しました。
9時に宮沢賢治記念館に到着しました。賢治の生涯が時代ごとに大きなパネルに詳しく説明されており、大変勉強になりました。賢治が深く『法華經』に帰依したことはつとに有名ですが、それは幼いころ父親から仏教について教えを受けていたことに由来することが、今回の宮沢賢治記念館のパネルを読んで判明いたしました。
その後、中尊寺、毛越寺を参観し、一関市内にあるつくり酒屋「世嬉の一」内にあるレストランで遅めの昼食をいただきました。
最終更新日 ( 2017/01/27 金曜日 21:43:22 JST )
 
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