龍泉院ホーム arrow 行事報告 arrow 平成二八年一〇月45周年東北旅行報告1
平成二八年一〇月45周年東北旅行報告1 プリント
龍泉院参禅会45周年記念行事として、10月18日(火)~20日(木)まで2泊3日の東北旅行が行われました。旅の目的はまず岩手県奥州市水沢にある曹洞宗第三寺と称された古刹の正法寺に拝登し、山主さんの盛田正孝老師からご法話を拝聴し、坐禅堂で一炷の坐禅をさせていただくことです。
第二番目の目的は東日本大震災で犠牲となられた方々の慰霊と、震災被災者への支援や復興にあたられた曹洞宗の方々にお会いして直接お話をお聞きすることです。
第三番目としては風光明媚な三陸海岸や世界遺産の中尊寺・毛越寺などの観光地を拝観することです。
参加者は椎名老師や小畑代表幹事以下14名です。当初は25名の参加を見込んでいましたが予想外に参加者が少なく、リーダーの松井さんは旅行費用の検討を何度も立て直さなければならない状況でした。

1日目  平成28年10月18日(火)
dsc00418.jpg-1.jpg午前7時45分に上野駅新幹線20番ホームに集合し、8時2分発のはやぶさ101号に乗車。途中大宮駅で美川さんご夫妻と小畑代表幹事のご子息信雄さんが乗車し、全員揃って一路一関に向かう。
10時8分に一関駅に到着、駅には岩手県東武観光バスのドライバー〇〇さんが出迎えてくれる。今日から3日間〇〇さんのお世話になる。バスは一関駅を10時半に出発して11時には正法寺の門前にある茶店月光庵に到着。幹事さんはすでに天ぷら蕎麦定食を予約してあり、昼食時間には少し早いのですがいただくことにしました。
dsc00421.jpg-1.jpg昼食が終わり一息ついたところで正法寺さんに上山する。重要文化財に指定されている惣門を潜り段差の大きな石の階段を上ると広々とした境内に出る。正面には重要文化財に指定されている茅葺屋根の本堂が堂々と建っており、右側には同じく重要文化財に指定されている庫裡が建っている。入母屋造の本堂は文化八年(1811)に再建された日本一を誇る茅葺屋根で、間口21間半、奥行12間半、高さ92尺、建築面積は233坪にもなる。寄棟造の庫裡は文化四年(1807)に再建され、茅葺屋根の大きさは約160坪もある立派な建物である。
知客さんに案内されて庫裡から本堂に向かい、本堂のご本尊様に三拝してからまた庫裡の客間に戻り、開經偈をお唱えしながら山主様の盛田正孝老師を待ちます。盛田老師は前日に東京で駒澤大学の同期会があり、その後同期の方々は箱根へ向かいましたが、盛田老師は龍泉院参禅会が明日來山するのでと言われ、箱根へ向かう同期の方々と別れて正法寺へ帰られたとのことでした。誠に有難いことです。
盛田老師からは説法と提唱について次のようなお話をいただきました。
img_8765.jpg-1.jpg説法と提唱は違う。説法は聞く人の側に立ち聞く人のレベルに合わせてお話しすることである。提唱は話される人のこれまで研鑽されてきた真実をありのまま提ずることである。従って聞く人のレベルに合わせて話すことはないのである。わかるかわからないかは聞く側にある。聞く側に力がついてく  ればわかるようになる。山登りもだんだん高く登ってくると周りの景色が良く見えるように、修行して力が付いてくると提唱がわかるようになる。提唱とは真実・本物を提じ、聞く側がわかるまでお付き合いすることである。坐禅会は聞き方・受けとめ方が大事である。
このように説法と提唱は全く違うもので、提唱とは真実をありのまま話し、聞く人のレベルに合わせて下げるようなことはないのである。即ち、我々も参禅会でご老師からのご提唱がわからない時は、わかるまで修行・研鑽を積まなければならないということである。
盛田老師のご法話を拝聴した後、坐禅堂に移り一炷の坐禅を行う。盛田老師が堂頭を勤めて下さり、直堂も正法寺の雲水さんが勤めてくださり、正式な坐禅となりました。かつて曹洞第三の本山と言われた古刹正法寺の坐禅堂で坐れることは大変有難いことです。本格的修行道場で坐れる喜びを嚙みしめながら只管打坐に打ち込んでいると、抽解鐘が鳴り、一炷の坐禅はあっという間に終わりました。
img_8798.jpg-1.jpg坐禅堂を退出した後、知客さんの案内で本堂や開山堂などの諸堂拝観をしました。高台に建つ開山堂から見たお庭はお掃除が行き届き大変きれいで、しかも大きな松の木が何本も植えられており、大変すばらしい景観を醸し出していました。
諸堂拝観を終え、ご多忙なところ我々参禅会の為に貴重な時間を割いてくださった盛田老師や、お世話してくださった雲水さん達にお礼を申し上げ、14時にバスに乗り込み、盛田老師たちに見送られながら次の観林寺さんに向かいました。
14時半に観林寺さんに到着。門前にはご住職の高橋哲秋老師が迎えに立っておられました。本堂でご本尊様の楊柳觀世音菩薩様に三拝した後、客殿に通されました。因みに高橋老師は曹洞宗東北管区教化センターの統監をなされ、東日本大震災で被災された曹洞宗寺院の記録集『向きあう』の出版責任者であり、慰霊と復興の行脚「祈りの道」の企画・実施責任者でもあります。
客殿では既に我々一行の為に席やプロジェクターなどが用意されており、早速高橋老師から「東日本大震災に関する復興支援活動」についてのお話を拝聴いたしました。
dsc00458.jpg-1.jpg高橋老師はパワーポイントを使って東日本大震災が発生してから曹洞宗、特に東北三県の曹洞宗寺院がどのような活動をなされてきたかを時系列的に説明されました。その中で次のようなお話が特に印象に残りました。
・大震災を経験して「ライフラインをあてにするな」と思うようになった。我が家の冷蔵庫はコンビニだというライフスタイルは止めるべきである。普段から食料なら缶詰とか乾物を用意しておく、電気・ガス・水道に代わるものを用意しておく必要があることを痛感した。
・津波で無残な死に方をした人に顔を背ける人は誰もいなかった。身内でなくても泥の中からグチャグチャになって見つかった死体に対して、怖いというより「あんたこんなところにいたの、(見つかって)よかったね」と言う気持ちになるのです。
・若いお坊さんが土砂や瓦礫の整理をしていると、街の人から「お坊さんはそんなことをしないでよいから、とにかく家の仏さんを拝んでくれ」と言われた。宗教者の一番の勤めは亡くなった方へのご冥福を祈ることであると再認識した。
・被災に遇われた東北の人は、家は建てられなくても、せめてお墓だけでも、お寺だけでも建ててほしいと、非常に宗教心の篤い人たちである。
・お坊さんの方から被災された方々へ近づいて耳を傾ける傾聴活動が始まった。お釈迦様はもともとその人その人に合った活き方を教えたはずである。だからお坊さん自身が相手の心に寄り添い、相手の立場になるようになれるまで、素直に聞き入れる。そして一緒に考えて今後こうしようと話し合う。これは東日本大震災の後に起こった大変注目される活動である。
dsc00463.jpg-1.jpg高橋老師は東北三県の曹洞宗寺院の復興支援活動を約一時間にわたって熱心なお話しくださり、拝聴している我々は胸が熱くなってきました。その上、浄土真宗教恩寺の尼僧さんでシンガーソングライターのやなせななさんの「まけないタオル」「千年眠れ」の入ったCDや、本物のまけないタオルを各自一本ずついただき、感謝感謝でした。
貴重な時間を割いて我々の為にご講演くださった高橋老師に御礼を申し上げた後、バスに乗り今夜の宿である南三陸町のホテル観洋に向かいました。
最終更新日 ( 2017/02/03 金曜日 08:46:39 JST )
 
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