平成二八年四月降誕会報告 プリント
img_8076.jpg-1.jpg四月八日午後二時、お釈迦様の誕生を祝う降誕会(花まつり)が荘重な雰囲気のうちに始まりました。参加者は参禅会員が一四名、梅花講員が八名、御老師を加え総勢二三名でした。
維那は杉浦さん、先導は鈴木さん、侍者は佐藤さん、侍香は松井さん、副堂は五十嵐さん、殿鐘は小山さんという顔ぶれでした。
法要の中で御老師から降誕会について次のようなお話がありました。
花まつりはお釈迦さまのお生まれになった日をお祝いする会で、灌仏会とも仏誕会とも言われています。仏教では一番知られた行事で、インドから伝わった伝統行事です。日本での花まつりは紀元六〇六年に奈良の元興寺で行われたのが最初です。日本へのimg_8100.jpg-1.jpg仏教伝来が西暦五三八年といわれていますので、その約七〇年後となります。その後、日本各地で行われるようになりましたが、当時は四月八日ではなく五月八日に行われていたようです。
龍泉院には二〇〇年前に花見堂が作られました。私の子供のころは、子供が花見堂を新聞などで覆い、うどんで花を張り付けて祝っていました。当時は甘いものがなかったので、多くの子供が甘茶を飲みに来たものです。しかし今日では子供の数が減って来なくなり寂しい限りです。また盛んになることを祈っています。
ところでお釈迦様はインドのルンビニの野でマーヤ夫人からお生まれになりました。お釈迦様の誕生を喜んだ龍王が甘露の雨を降らせましたが、それが甘茶の起源とのことです。
img_8094.jpg-1.jpgお釈迦様がお生まれになった時、「天上天下唯我独尊」と言ったと伝えられていますが、そのようなことはあり得ません。ただ後の時代に「こうなってほしい」という仏教徒の願望が、「こうであった」になったのでしょう。偉い方の誕生にはいつもこのような伝説が付いて回ります。お釈迦様の場合もそうだったのでしょう。
「天上天下唯我独尊」には二つの意味があります。ひとつは「人間の命は素晴らしい」ということ、もう一つは「その素晴らしさはすべての人に平等に備わっている」ということです。与えられた命は「あなたしかできないことをするために生まれてきた」という意味なのです。そのようなことは理屈で分かっても、使いこなせない人が沢山います。道元禅師img_8083.jpg-1.jpgは「自分だけの命なのに宝の持ち腐れにしては残念だ」と言われ、「精進努力で良くなる」と仰っておられます。小林一茶は花まつりについて、「長き日の変わることなき誕生日」と言う句を詠んでいます。これを味わって、一つでも二つでも精進努力したいものです。
降誕会終了後、雲堂で一炷の坐禅を組み、その後茶話会に移りました。御老師から甘茶などを振る舞われ、小冊子『みちしるべ名講話選 じひ』を頂きました。今年の降誕会は好天に恵まれ、境内には桜をはじめ椿やレンギョ、カイドウ、シャクナゲ等色とりどりの花々が咲き乱れ、充実した一日でした。

最終更新日 ( 2016/04/10 日曜日 14:32:45 JST )
 
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