平成二八年二月涅槃会報告 プリント

img_7950.jpg-1.jpg2月15日はお釈迦様がお亡くなりになった日にちで涅槃会といいます。龍泉院でも梅花講と参禅会有志により午後2時から涅槃会が行われました。
涅槃会の法要が行われる本堂の向かって右側には、正徳五年(1715)に制作された柏市内で最古にして最大の佛涅槃図が掛けられていました。
梅華講の講員による御詠歌の後、ご老師が涅槃会の法語を読み上げられ、続いて般若心経と舎利礼文を三度諷誦し、その後ご老師より、釈尊の最後の説法である佛遺教經に委説されている八大人覚について、次のようなお話しがありました。
大人(だいにん)とは単なる大人(おとな)ではなく、人格の優れた人、人間として円熟した人格を持っている人、道に精進努力している人、御仏の教えを身につけ護っている人です。八大人覚での護るべき教えは八つあり、その内で今日は第五番目の精進ついてお話ししたいと思います。
img_7960.jpg-1.jpg精進とは良いことをコツコツと続けて行くことであり、しかも勤修無限の精進でなければならない。これは大変厳しい教えである。一度や二度くらいは人さまのために良いことができても、間断無く続けていくことは果たしてできるだろうか。だからこそ普段続けて行こうとする意志が大切になります。
精進という観点から冠婚葬祭は子供の情操教育上、大事な行事であります。子供は行事に参じると色んなことを質問してきます。例えば「どうしてお焼香をするのですか」「お花をあげるのはどういう意味があるのですか」「何故お數珠を持っているのですか」「亡くなった人はどこで何をしているのですか」など、いろいろ質問しますが、親御さんはこれらについて全く知らないので答えることができません。自分が知らないから子供の疑問に答えるコミュニケーションを絶ったのでは、情操教育が全くなされないことになり、子供が大人になった時に後悔することにもなります。
img_7971.jpg-1.jpg子供から問いかけられた疑問を分らないならば、お子さんと一緒に考え勉強すればよいのです。考えることにより、今生きている意味を考えることになります。それが子供の情操教育上大切な事なのです。自分が生きていることは、自分だけで生きているのではない、生かしてもらっているのである。大自然のお蔭、無数の人々のお蔭で自分の命が具わっている。こういう所まで分ってくれば、変な新興宗教の間違った道に向うことはなくなります。
子供には正しい宗教的な考えにいつでも触れさせるようにすることが、間断なく良いことをすることなのです。精進とはそういうことです。心の中に宗教的な滋養を常に与えていくことが、お釈迦様の教えられた精進の意味です。
お釈迦様は最後の最後に、佛遺教經の中で「世の中は無常である。何でも移ろい変わっていく。だから精進を忘れないでください」という教えを残されて、静かに息をひきとられました。

本堂での法要の後、坐禅堂に移り一炷の坐禅をし、大悲殿でお茶とお菓子を頂いて散会となりました。

最終更新日 ( 2016/02/16 火曜日 10:57:34 JST )
 
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