平成二六年一二月定例参禅会報告 プリント

今月の提唱

『正法眼蔵』「佛道」の巻(11)

img_6395-1.jpg震旦國の教學のともがら宗稱するは、齊肩の彼彼あるによりてなり。いま佛祖正法眼藏の附囑嫡嫡せり、齊肩あるべからず、混ずべき彼彼なし。かくのごとくなるに、いまの杜撰の長老等、みだりに宗の稱をもはらする、自專のくはだて、佛道をおそれず。佛道はなんぢが佛道にあらず、諸佛祖の佛道なり、佛道の佛道なり。
太公謂文王曰、天下者、非一人之天下、天下之天下也(太公、文王に謂て曰く、天下は一人の天下に非ず、天下の天下なり)。
しかあれば俗士なほこれ智あり、この道あり。佛祖屋裏兒みだりに佛祖の大道をほしきままに愚蒙にしたがへて立宗の自稱することなかれ。おほきなるをかしなり、佛道人にあらず。宗稱すべくは世尊みづから稱じましますべし。世尊すでに自稱しましまさず、兒孫としてなにゆゑにか滅後に稱ずることあらん。たれ人か世尊よりも善巧ならん。善巧あらずは、その益なからん。もしまた佛祖古來の道に違背して、自宗を自立せば、たれかなんぢが宗を宗とする佛兒孫あらん。照古觀今の參學すべし、みだりなることなかれ。世尊在世に、一毫もたがはざらんとする、なほ百千萬分の一分におよばざることをうれへ、およべるをよろこび違せざらんとねがふを、遺弟の畜念とせるのみなり。これをもて多生の値遇奉覲をちぎるべし、これをもて多生の見佛聞法をねがふべし。ことさら世尊在世の化儀にそむきて、宗の稱を立せん、如來の弟子にあらず、祖師の兒孫にあらず。重逆よりもおもし。たちまちに如來の無上菩提をおもくせず、自宗を自專する、前來を輕忽し、前來をそむくなり。前來もしらずといふべし。世尊在日の功德を信ぜざるなり。かれらが屋裏に佛法あるべからず。
しかあればすなはち、學佛の道業を正傳せんには、宗の稱を見聞すべからず。佛佛祖祖、附囑し正傳するは、正法眼藏無上菩提なり。佛祖所有の法は、みな佛附囑しきたれり、さらに剩法のあらたなるあらず。この道理すなはち法骨道髓なり。
正法眼藏佛道
爾時寛元元年癸卯九月十六日在越州吉田縣吉峰寺示衆

今月の所感

img_6408-1.jpg今月の「佛道」の巻では「佛道はなんぢが佛道にあらず、諸佛祖の佛道なり、佛道の佛道なり」という言句があります。これは太公望(呂尚)が周の文王に諫言した「天下は一人の天下に非ず、天下の天下なり」に基づいて、道元禅師がお示しになられたお言葉です。即ち、佛道は君たちの為にあるのではなく、佛道のために佛道があるという訳です。
これと同じ趣旨の言葉として澤木興道老師の「坐禅が坐禅を座禅している」がありますと椎名老師は仰られました。
また「照古觀今」という言句がありますが、これは古の素晴しい事を鏡とし、今の自分をその鏡に映しだして観るということです。ここで古の素晴しい事とはお経のことを示しています。お経をじっくりと読むことにより、今の自分を顧みることを意味しています。
今月で「佛道」の巻のご提唱は終わりました。「佛道」の巻の最後に道元禅師は「佛佛祖祖、附囑し正傳するは、正法眼藏無上菩提なり。佛祖所有の法は、みな佛附囑しきたれり、さらに剩法のあらたなるあらず」と締めくくり、正法眼蔵無上菩提こそ佛道の骨髓(眼目)であると結ばれています。

今月は今年最後の定例参禅会のため、毎年恒例の大掃除が行われました。午前12時から午後1時半まで、本堂、大悲殿、坐禅堂、境内の掃除を行いました。大掃除の後には大黒様お手製の大変美味しい具沢山なお雑煮をいただきました。ご馳走さまでした。

小畑代表幹事からのお知らせ

img_6411-1.jpg・今年一年間年番幹事を務められた小山さんと石原さん大変ご苦労様でした。来年の年番幹事は鈴木さんと川本さんにお願いいたします。
・来年1月の参禅会の後に坐禅普及委員会を行います。広報分科会の方からご報告とご提案がります。
・龍泉院参禅会45周年は平成28年に行われますので、来年はその準備の年となります。色々な周年企画案が皆様から提案されることをお待ちしています。
・来年2月8日(日)に新年会を行います。

御老師からのお知らせ

・今年1年間は色々ありましたが、風邪など引かないように体調管理に努めて下さい。
・成道会でマフラーを忘れた人がいます。

今月の司会者 鈴木 民雄
来月の司会者 山本  聡
今月の参加者 27名


最終更新日 ( 2015/02/23 月曜日 20:41:41 JST )
 
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