平成二六年九月定例参禅会報告 プリント

今月の提唱

『正法眼蔵』「佛道」の巻(8)

img_6327-1.jpg慧照大師は、講經の家門をなげすてて、黄檗の門人となれり。黄檗の棒を喫すること三番、あはせて六十拄杖なり。大愚のところに參じて省悟せり。ちなみに鎭州臨濟院に住せり。黄檗のこころを究盡せずといへども、相承の佛法を臨濟宗となづくべしといふ一句の道取なし、半句の道取なし。豎拳せず、拈拂せず。しかあるを、門人のなかの庸流、たちまちに父業をまもらず、佛法をまもらず、あやまりて臨濟宗の稱を立す。慧照大師の平生に結搆せん、なほ曩祖の道に違せばその稱を立せんこと、豫議あるべし。いはんや
臨濟將示滅、囑三聖慧然禪師云、吾遷化後、不得滅却吾正法眼藏(臨濟將に滅を示さんとするに、三聖慧然禪師に囑して云く、吾れ遷化の後、吾が正法眼藏を滅却すること得ざれ)。
慧然云、爭敢滅却和尚正法眼藏(慧然云く、爭か敢へて和尚の正法眼藏を滅却せん)。
臨濟云、忽有人問汝、作麼生對(臨濟云く、忽し人有つて汝に問はんに、作麼生か對せん)。
慧然便喝。
臨濟云、誰知吾正法眼藏、向這瞎驢邊滅却(臨濟云く、誰か知らん吾が正法眼藏、這の瞎驢邊に向いて滅却せんことを)。
かくのごとく師資道取するところなり。臨濟いまだ吾禪宗を滅却することえざれといはず、吾臨濟宗を滅却することえざれといはず、吾宗を滅却することえざれといはず、ただ吾正法眼藏を滅却することえざれといふ。あきらかにしるべし佛祖正傳の大道を、禪宗と稱ずべからず、臨濟宗と稱ずべからずといふことを。さらに禪宗と稱ずることゆめゆめあるべからず。たとひ滅却は正法眼藏の理象なりとも、かくのごとく附囑するなり。向這瞎驢邊滅却、まことに附囑の誰知なり。臨濟門下には、ただ三聖のみなり。法兄法弟におよぼし一列せしむべからず。まさに明窓下安排なり。臨濟三聖の因縁は佛祖なり。今日臨濟の附囑は、昔日靈山の附囑なり。しかあれば臨濟宗と稱ずべからざる道理あきらけし。
雲門山匡眞大師、そのかみは陳尊宿に學す、黄檗の兒孫なりぬべし、のちに雪峰に嗣す。この師、また正法眼藏を雲門宗と稱ずべしといはず。門人また潙仰臨濟の妄稱を妄稱としらず、雲門宗の稱を新立せり。匡眞大師の宗旨、もし立宗の稱をこころざさば、佛法の身心なりとゆるしがたからん。いま宗の稱を稱ずるときは、たとへば帝者を匹夫と稱ぜんがごとし。

今月の所感

今月の「佛道」の巻には臨済義玄と雲門文偃が登場しました。臨済は弟子の三聖慧然に「ただ、吾が正法眼藏を滅却すること得ざれ」と申し渡したが、「吾禪宗を滅却することえざれ」とか「吾臨濟宗を滅却することえざれ」とか「吾宗を滅却することえざれ」等とは決して言わなかった。即ち臨済宗を護って行けとは言わなかったのである。
同じく雲門も正法眼蔵が雲門宗であるとは一切言っていないのである。雲門自身は自分の教えを雲門宗などと一言も言っていないのである。
このように後代に宗祖とされる臨済や雲門は〇○宗などと称したことはないのであると、道元禅師は説かれています。今月の「佛道」の巻は非常にわかりやすい一段でした。

img_6332-1.jpg茶話会の冒頭、ご老師から「9月6日に逢坂さんの奥様がお亡くなりになられ、9月21日には小畑代表幹事様の奥様がお亡くなりになられました。小畑さん、逢坂さんとも参禅会に来られて活動できるのも、奥様のご尽力やご支援があったからこそです。また、坐禅堂建立に際しては多額のご喜捨をなされましたが、これも奥様方のご理解があってからこそお出来になったものと思います。ここにお二方のご冥福をお祈りして1分間の黙祷を捧げたいと思います」と、ご提言がありました。その後、全員で1分間の黙祷を行いお二方のご冥福お祈り申し上げました。
小畑さんと逢坂さんからは、お礼のお言葉があり、これからも仏道に精進してまいりたいと述べられました。


山本『明珠』編集委員より

『明珠』62号が発行されました。今回は坐禅普及委員会活動開始を特集記事としました。小畑代表幹事様には奥様の療養介護で大変な時期にもかかわらず、坐禅普及委員会の活動趣旨について寄稿して頂いたことに感謝申し上げます。

御老師からのお知らせ

・小畑家のご葬儀には参禅会から多数の方が参列いただき、またお手伝いもしてくださり、誠に有難うございました。
・岡本さん、山本さん、河本さんのお三方により『明珠』62号が発行されました。ご苦労様でした。


今月の司会者 坂牧 郁子
来月の司会者 清水 秀男
今月の参加者 34名

最終更新日 ( 2014/09/28 日曜日 18:25:17 JST )
 
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