平成二六年七月定例参禅会報告 プリント

今月の提唱

『正法眼蔵』「佛道」の巻(6)

img_5570-1.jpg立宗稱よりこのかたの小兒子等は、本をたづぬべき道を學せざるによりて、いたづらに末にしたがふなり。慕古の志氣なく、混俗の操行あり。俗なほ世俗にしたがふことをいやしとして、いましむるなり。
文王問太公曰、君務擧賢、而不獲其功、世亂愈甚。以致危亡者何也(君務んで賢を擧ぐ。而るに其の功を獲ず、世の亂れ愈甚し。以て危亡を致すは何ぞや)。
太公曰、擧賢而不用、是以有擧賢之名也、無得賢之實也(賢を擧げて用ゐず、是を以て賢を擧ぐの名有つて、賢を得るの實無きなり)。
文王曰、其失安在(文王曰く、其の失安くにか在る)。
太公曰、其失在好用世俗之所譽、不得其眞實(太公曰く、其の失好んで世俗の譽むる所を用ゐるに在り、其の眞實を得ず)。
文王曰、好用世俗之所譽者何也(文王曰く、好んで世俗の譽むる所を用ゐるは何ぞや)。
太公曰、好聽世俗之所譽者、或以非賢爲賢、或以非智爲智、或以非忠爲忠、或以非信爲信。君以世俗所譽者爲賢智、以世俗之所毀者爲不肖。則多黨者進、少儻者退。是以群邪比周而蔽賢、忠臣死於無罪、邪臣虚譽以求爵位。是以世亂愈甚、故其國不免危亡(太公曰く、好んで世俗の譽むる所を聽かば、或いは賢に非ざるを以て賢と爲し、或いは智に非ざるを以て智と爲し、或いは忠に非ざるを以て忠と爲し、或いは信に非ざるを以て信と爲す。君世俗の譽むる所の者を以て賢智なりと爲、世俗の毀る所の者を以て不肖なりと爲。則ち黨多き者は進み、儻少なき者は退く。是を以て群邪比周して賢を蔽ひ、忠臣は罪無きに死し、邪臣は虚譽をもて爵位を求る。是を以て世亂れ愈甚し、故に其の國危亡を免れず)。
俗なほその國その道の危亡することをなげく。佛法佛道の危亡せん、佛子かならずなげくべし。危亡のもとゐは、みだりに世俗にしたがふなり。世俗にほむるところをきく時は、眞賢をうることなし。眞賢をえんとおもはば、照後觀前の智略あるべし。世俗のほむるところ、いまだかならずしも賢にあらず聖にあらず。世俗のそしるところ、いまだかならずしも賢にあらず聖にあらず。しかありといへども賢にしてそしりをまねくと僞にしてほまれあると、三察するところ混ずべからず。賢をもちゐざらんは國の損なり、不肖をもちゐんは國のうらみなり。
いま五宗の稱を立するは、世俗の混亂なり。この世俗にしたがふものはおほしといへども、俗を俗としれる人すくなし。俗を化するを聖人とすべし、俗にしたがふは至愚なるべし。この俗にしたがはんともがら、いかでか佛正法をしらん、いかにしてか佛となり祖とならん。七佛嫡嫡相承しきたれり。いかでか西天にある依文解義のともがら、律の五部を立するがごとくならん。
しかあればしるべし、佛法の正命を正命とせる祖師は、五宗の家門あるとかつていはざるなり。佛道に五宗ありと學するは、七佛の正嗣にあらず。

今月の所感

今月は『史記』に書かれた周の名君である文王と太公望との問答をもとに拈提されたものです。
文王が太公望に「君主は賢者をしかるべき役職に取り立ても、なかなか実効が伴わない場合が多い。それは何故だろうか」と尋ねられた。
それに対して太公望は「本当の賢者を取り立てていないからです。世間では賢者だと評判が高い人でも、実際は賢者ではない場合が多いのです」と答えられた。世間の評判を鵜呑みにする危うさを示されたものです。
これを受けてご老師はご提唱の中で、民主主義の基本となる多数決でものごとを決定することの危うさを指摘されました。少数意見はもっと尊重されるべきで、とことん少数意見に耳を重ねなければならない。少数意見の中にこそ真実が込められている場合もあるので、何故そのような少数意見が出されるのかを徹底的に追求し、少数意見の立場を理解することにもっと時間をかけるべきである。そのことがより良い社会が造り上げられる基盤となるのであると示されました。

小畑代表幹事からのお知らせ

img_5573-1.jpg・8月16日(土)に龍泉院の施食会が行われますので、お手伝いをお願いいたします。ご都合のつく方は年番幹事までお知らせください。
・今日の午後に坐禅普及委員会を行います。


御老師からのお知らせ

・山門の前の杉の大木が先日の台風で割れ目が入り、そのまま放置すると大木が倒れて山門を破壊するなど危険性が高いので、今日造園業者に切ってもらうことにしました。

今月の司会者 久光 守之
来月の司会者 加藤 孝
今月の参加者 34名

最終更新日 ( 2015/02/24 火曜日 08:56:51 JST )
 
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