平成二六年六月定例参禅会報告 プリント

 今月の提唱

『正法眼蔵』「佛道」の巻(5)

しかあるに、近代の庸流、おろかにして古風をしらず、先佛の傳受なきやから、あやまりていはく、佛法のなかに五宗の門風ありといふ。これ自然の衰微なり。これを拯濟する一箇半箇、いまだあらず。先師天童古佛、はじめてこれをあはれまんとす。人の運なり、法の達なり。
先師古佛、上堂示衆云、如今箇箇祗管道、雲門法眼潙仰臨濟曹洞等、家風有別者、不是佛法也、不是祖師道也(先師古佛、上堂の示衆に云く、如今箇箇祗管に道ふ、雲門法眼潙仰臨濟曹洞等、家風別有りとは、是れ佛法にあらず、是れ祖師道にあらず)。
この道現成は、千歳にあひがたし、先師ひとり道取す。十方にききがたし、圓席ひとり聞取す。しかあれば、一千の雲水のなかに、聞著する耳垜なし、見取する眼睛なし。いはんや心を擧してきくあらんや、いはんや身處に聞著するあらんや。たとひ自己の渾身心に聞著する、億萬劫にありとも、先師の通身心を擧拈して聞著し、證著し、信著し、脱落著するなかりき。あはれむべし、大宋一國の十方、ともに先師をもて諸方の長老等に齊肩なりとおもへり。かくのごとくおもふともがらを、具眼なりとやせん、未具眼なりとやせん。またあるいは、先師をもて臨濟德山齊肩なりとおもへり。このともがらも、いまだ先師をみず、いまだ臨濟にあはずといふべし。先師古佛を禮拜せざりしさきは、五宗の玄旨を參究せんと擬す。先師古佛を禮拜せしよりのちは、あきらかに五宗の亂稱なるむねをしりぬ。
しかあればすなはち、大宋國の佛法さかりなりしときは、五宗の稱なし。また五宗の稱を擧揚して、家風をきこゆる古人いまだあらず。佛法の澆薄よりこのかた、みだりに五宗の稱あるなり。これ人の參學おろかにして、辨道を親切にせざるによりてかくのごとし。雲箇水箇、眞箇の參究を求覓せんは、切忌すらくは五家の亂稱を記持することなかれ、五家の門風を記號することなかれ。いはんや三玄三要、四料簡、四照用、九帶等あらんや。いはんや三句、五位、十同眞智あらんや。
釋迦老子の道、しかのごとくの小量ならず、しかのごとくを大量とせず、道現成せず、少林曹谿にきこえず。あはれむべし、いま末代の不聞法の禿子等、その身心眼睛くらくしていふところなり。佛祖の兒孫種子、かくのごとくの言語なかれ。佛祖の住持に、この狂言かつてきこゆることなし。後來の阿師等、かつて佛法の全道をきかず、祖道の全靠なく、本分にくらきともがら、わづかに一兩の少分に矜高して、かくのごとく宗稱を立するなり。

今月の所感

前回に続いて「仏法を五宗(潙仰、臨済、雲門、法眼、曹洞)に分たり、「〇〇宗」と称するのは大きな誤りである」という道元禅師の教えを、さらに深く述べている箇所です。
仏教という言葉は明治以降、キリスト教などが入ってから言われたもので、それ以前は仏法と言っていました。仏法では禅宗などとは言っていません。本当の仏法はお釈迦様から代々受け継がれており、それを眼目にし、それをしっかり受け止めて「行」をするものです。お釈迦様の教えを受け継いだ祖師のお言葉を体得するのが仏道なのです。
如浄禅師は「五宗などというのは仏道ではない」と言われましたが、このような素晴らしい言葉を言われたのは過去1000年の内で、誰もいませんでした。1000人の修行僧がいてもそれを分かる(=聞き取れる)人はいないでしょう。
道元禅師は最初、五宗の違いを勉強しようと思いましたが、如浄禅師のお言葉を聞いてからその様なことはやめました。宋代の中国では仏教の8、9割は禅宗でしたが、それは本当の仏法ではありません。五宗などと称するようになったのは、本当の意味で仏法を学ぶのが疎かになったからです。修行僧が行うことは「五宗の違い」などを学ぶことではないのです。その様なことは必要ないのです。
お釈迦様の道はこのようなものではなく、達磨大師も六祖慧能禅師もその様なことは行っていません。「五宗」などというのは身も眼も心も暗い人の戯言です。
御老師はこのような例を挙げ、道元禅師が求めた本当の仏法は「如浄禅師が教えられたことである」と仰られました。


小畑代表幹事からのお知らせ

・一夜接心は大雨の中19人が参加されました。毎年宝慶寺の接心に参加されている永野・鈴木両氏により、宝慶寺流の「行茶」作法を今回の一夜接心の差定に取り入れ、全体して一歩前進した差定となり、よい一夜接心となりました。
・御老師が「坐禅堂は公開の道場であり、団体でも個人でも広く利用してもらいたい」という趣旨を常規にお書きになっています。それを受け、参禅会でも幹事や一夜接心に参加された方と相談し、「坐禅普及委員会」(仮称)を発足させることになりました。「坐禅分科会」、「広報分科会」、「庶務分科会」の3分科会を設けました(この項については5月の報告でも掲載しています)。また「坐禅堂をどう言う考えで活用するか」と言う基本理念を五十嵐さんと共に素案をつくり、御老師に見て頂いております。御老師の御指導を受けたうえで皆様に図りたいと思います。
・広報分科会長の杉浦さんが「広報パンフレット」の素案を作りました。今後とも、より坐りやすく、仏道修行ができるようしたいと思いますので、ご支援をお願いします。


杉浦広報分科会長からのお知らせ

・御老師から「宗派色のない、一般の人が多く参加できるようなものを」というご指導がありましたので、それを勘案してパンフレットを作成しました。まだ、素案なので今後検討していきます。

御老師からのお知らせ

・一夜接心には大雨の中、ご苦労様でした。五十嵐さんと小畑さんが「坐禅普及委員会」の趣旨について、7頁に渡る論文といってもよいともいえる文を書かれました。坐禅の場を広げていこうということに対し心から敬意を表するものであります。
・3つの班の活動について、「こういうことなら出来る」、「全部は参加出来ないが、時間が許せば参加出来そうだ」ということなら、是非、参加して頂きたいと思います。坐禅を普及させることは人様のためであり、自分のためでもあり、ともに歩んでいく行であります。
・坐禅堂をいつも掃除なさっている方がおりますが、ただ単に来て坐っていくという「お客様」ではなく、参禅会の一翼を担っていくことが大事だと思います。出来ることがあれば積極的に参加していただきたいものです。
・大本山の總持寺が発行している『跳龍』は、これまで読んだ後は廃棄していました。しかし、いい記事があるので本棚に置くようにしました。御自由にお持ち下さい。お返し下さらなくても結構です。

今月の司会者 原  司
来月の司会者 久光 守之
今月の参加者 30名
(岡本記)


最終更新日 ( 2015/02/24 火曜日 08:57:12 JST )
 
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